| 明石市 (兵庫県) 明石市は、東経135度の日本標準時子午線上にあります。 明石海峡と淡路島が、目の前に広がる明石は、海と空と島影が生み出す風光に恵まれたまちで、遠く万葉の昔には、 柿本人麻呂らの歌人によって詠まれ、紫式部の源氏物語の舞台にもなっています。 |
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| 子午線の町 | |
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| 明石市立天文科学館 東経135度北緯34度38分46.4秒 兵庫県明石市人丸町2−6 |
大蔵交番(子午線交番)↑前にある石の標識↓ (どことなく天文科学館似の交番でした) |
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| 明治17年、アメリカのワシントンで開催された「本初子午線並計時法万国公会」で、 イギリスのグリニッジ天文台を通る子午線を世界の経度と時刻の基準となる本初子午線とし、 そこから経度が15度へだたるごとに1時間ずつ時差を持つ時刻を世界の各国が使用することが決まりました。 日本でも、この決議に基づき明治19年7月12日、明石を通る東経135度子午線上の地方時が日本標準時として制定されました 子午線とは、真北を「子」ね、真南を「午」うまと呼ぶことから、つまり真北と真南を結んだ線という意味です。(無数に存在します) 実際には、北海道から沖縄までは1時間20分のずれがあります。 日本標準時の基準となる東経135度子午線は、明石市を含む12市を通っています。 北から京丹後市、福知山市(以上京都府)、豊岡市、丹波市、西脇市、加東市、小野市、三木市、神戸市西区、明石市、淡路市(以上兵庫県)、和歌山市(和歌山県)です。 |
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| 兵庫県立明石公園 明石城(別名は「喜春城) 徳川家康の曾孫で明石、三木、賀古、賀東の四郡10万石を領した小笠原忠真が将軍家と姫路藩本多家の強い支援をうけて築いた城。 当時、大名の軍事力を削減する目的で定められた−園一城令という法令があり、明石城築城にあたり船上城ほかが解体され、 その部品が再利用されたようです。以後、忠真から17代、明治4年の廃藩置県の後、取り壊されるまで、明石城は約250年にわたり存在しました。 |
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| 坤櫓(ひつじさるやぐら)↑ 明石城では天守台が築かれたものの、そこに建物は造られず、 すぐ南に立つ坤櫓が天守閣に代わる役割を果たしていたとみられています。 (伏見城からの移築) |
明石公園入り口に建つ中部幾次郎翁銅像↑ 大洋漁業の創業者 |
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| 明石公園内の鎧カブトがアクセントの日時計↑ |
武蔵の庭園↑ 初代城主小笠原忠真のために、全国から銘石銘木を集めて 宮本武蔵(1584-1645)が作った庭が 山里郭(現陸上競技場)。その庭の一部を復元 しました。 武蔵が二刀流を編み出したのも明石にいた頃らしいですよ。 他にも、明石の町割り(=都市計画)や城内樹木屋敷の設営にかかわったそうです。 |
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| 第78回明石公園菊花展覧会↑ | 織田家長屋門(明石城の外堀南西側)↑ |
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| 明石城より明石海峡大橋を望む↑ 兵庫県明石市明石公園1-27 JR神戸線・山陽電鉄「明石駅」北出口から北へ徒歩5分 フリーマーケットや菊花展も催されていて、にぎやかでした。 中は広くて、散歩には、いいコースかなあ。 明石城は、JRの明石駅のホームから真正面に見えます。 |
桐 ゴマノハグサ科の落葉高木で、英語ではpaulownia (ポローニア) と呼ばれる タンス、刀剣、掛け軸など高級貴重品を収納する箱のほか、琴、琵琶等の楽器、 下駄等の日用品に至るまで幅広く使用される。 また屑を焼いて懐炉灰に用いたほか、樹皮は染料、葉は除虫用に使われた。 中国では、桐は鳳凰が親しむお目出度い樹として崇拝され、我が国においても、 菊とともに皇室の紋章や神紋にも用いるなど高貴に扱われている 。五三の桐、五七の桐、唐桐などが紋所の図柄として有名。 また、昔、農家では女の子が生まれると庭に桐の苗木を二本植え、 その子が成人してお嫁入りするときに桐を伐採し、 その材料で桐タンスや長持を作ってもらい嫁いだと云います。 |
| 魚の棚 およそ400年前の明石城築城とともに生まれた魚の棚は、地元の人は「うおんたな」と呼びます。 魚の棚の設計者はなんとあの豪剣・宮本武蔵であるといわれ、江戸時代に本格的な市場になったといわれる歴史の古い市場です |
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| 干しダコ 「明石のひる網」ひる市でセリ落とされたイキの良い魚が、 店頭にずらりと並んでいます。 JR山陽線明石駅下車、魚の棚まで徒歩4分 明石駅の南(国道2号線南30m) |
鯛、たこ、あなごなど生き魚だけでなく揚げ物、焼き物、干し物も売っています。 タイと並ぶ明石の名物・タコは、明石では「麦わらダコ」と呼ばれ、夏が旬です。 豊富なエサに恵まれ、早い潮流に揉まれて育った明石ダコは、 程よい固さでかむほどに味がでます。 海老が飛びはね、蛸がにょろにょろ、魚がピチピチと、元気よく動いていて、活きのいいこと!! 太刀魚もきれいな色をしていたし、見たことのない魚もあって、見ているだけでも、楽しいし、 昼が近くなると、だんだん人が増えてきて、いつの間にか、ご覧の通りに。 今度来るときは、クーラーボックスを持って来て、買い物しなきゃね。 |
| 明石焼き 地元明石では「玉子焼」と親しまれる名物。 江戸末期一人のべっ甲細工師が、懐に入れていた玉子が割れ白身が固まっていたのをヒントに、白身を接着剤代わりに使い硝石を囲める「明石玉」を発案。 この明石玉、かんざしなどに使われるようになり、明治、大正期には明石の重要産業の一つとなりました。 こうして白身が重宝がられる一方、大量に余った黄身。 そんな中で、明石沖でたくさんとれるタコが、余った黄身とマッチングして生まれたのが、明石焼きだそうです。 タコ焼は、明石焼からヒントを得てできたものだといわれています。 (一口メモ:たこ焼きは昭和8年、会津屋の初代遠藤留吉が肉・コンニャクを入れた物をラジオ焼き(ラジューム焼き)と称して、大阪で販売したのが始まりだとか)。 |
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| ”松竹”↑(明石城でボランティアをしていた人に教えてもらったお店) 魚の棚の中にも、行列ができていた玉子焼きのお店がありましたよ。 (明石駅から駅前のバスロータリーを渡り、 国道2号線にぬけるビルの谷間にあります。) |
ふあふあ生地で柔らかく、あつあつだったので、 少し肌寒かった身には、暖まりましたよ。 火が通ってきても堅くならない(ジン粉が入っているからだそうです)です。 だし汁に三つ葉を入れて、食べました。 ソーズもあったので、少し試してみましたが、だし汁の方があっているように思いました。 15個550円 |
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| アナゴの押し寿司と握り寿司(1050円)↑ | 本日のお宿は”人丸花壇”でした。 |
小さな旅
2006.11.12