近江八景

近江八景「矢橋帰帆・瀬田夕照・石山秋月・粟津晴嵐・三井晩鐘・唐崎夜雨・堅田落雁・比良暮雪」の成立に関わりのある人物として、
室町時代の近衛家 当主近衛野信尹(のぶただ)があげられ、中国最大の湖「洞庭湖」の「瀟湘(しょうしょう)八景」にならって選んだといわれています

(明応9年(1500)8月13日に近江守護六角高頼の招待で、近江に滞在した公卿の近衛政家が近江八景の和歌八首を詠んだことが始まりだいつ説もあります)。
湖上からみる近江八景(2009.9.26)は、こちらへ
矢橋の帰帆
白い帆を連ねて港に入る船の列を描いた安藤広重の”矢橋の帰帆”で有名な所ですが、
そんな情緒ある風景には、ほど遠かったですね

右側が矢橋帰帆島(人工島・・下水処理施設と公園があります)、そして高い建物が、プリンスホテル、その前の橋が近江大橋です。
帰帆島に渡る橋

矢橋港は、草津市南西部、琵琶湖東岸にあった港です。
江戸時代、東海道で京へのぼるとき、瀬田の唐橋を経由するよりも、
この矢橋から船で大津へいたるほうが行程的に短くてすむことから
当時の旅人に重宝がられ、草津宿の発展などにも重要な役割を果たしました。
急がば回れの語源になった場所です。(瀬田の唐橋
白い帆をかけて大津の石場港とを結ぶ矢橋の渡しは、
近江八景の一つ「矢橋の帰帆」として多くの絵や
歌、謡曲などのモチーフになりました。

しかし、矢橋港は、廃港になってしまいました。
その矢橋港の址に、常夜燈(石燈篭・・・矢橋船の船頭衆が
弘化3年(1846)に建てたもの)があるらしいので、
探してみたのですが、見つかりませんでした。(残念で〜す)
確か、帰帆島に渡る手前の道を南に行くとあるはずだったんですが・・・
粟津の晴嵐
「晴嵐」とは、晴れた日に松の木の葉がこすれておこる音が嵐のように聞こえること。
晴れた日には遠く伊吹山までも臨まれたという、旧東海道に沿った景勝地でした。

↑”粟津の晴嵐”として、有名だった場所。
膳所の南総門(瀬田口ともよばれ、現在番所跡がのこります)から鳥居川までの
旧東海道沿いの約900mだったそうですが、松が4,5本あるだけで、
とても景勝地だったとは、思えない場所でした。
かつては、道の両側にはみごとな松並木が続いていたそうなんですが・・・
右側は、日本電気硝子です。
左側は、粟津中学校、そしてその向こうに、琵琶湖に面した湖岸道路があります。
↑湖岸道路です。
琵琶湖に沿って植えてある街路樹(トウカエデかな?)も紅葉して、きれいでしたよ
石山の秋月

近江八景「石山の秋月」のシンボルとなっている月見亭
詳しくは、こちらへ

瀬田の夕照

詳しくは、こちらへ
三井の晩鐘

詳しくは、こちらへ
唐崎の夜雨

詳しくは、こちらへ
堅田の落雁

詳しくは、こちらへ
比良の暮雪

今回は、少なめの雪景色です。
もっと、雪が積もるときれいな景色になるんですけど・・・

  小さな旅