| 東寺(教王護国寺きょうおうごこくじ) 東寺真言宗の総本山 (京都市南区) 1994年(平成6)12月「古都京都の文化財」として、「世界遺産条約」に基づく世界文化遺産に登録されました。 初弘法(1月21日)に行ってきました。すご〜いにぎわいでした。 ![]() 日本一の高さを誇る国宝「五重塔」でおなじみの東寺は弘法大師ゆかりの寺で、平安京を造る時に国家を守る寺として建設されました |
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東寺(教王護国寺が正式名称)は平安京遷都(延暦13年・794年)の際に、 正面にあたる羅生門を挟んで延暦15年(796年)に東西に建立された寺院の一つです。 これら2つの寺院は、それぞれ平安京の左京と右京を守る王城鎮護の寺、 さらには東国と西国とを守る国家鎮護の寺という意味合いを持った官立寺院でしたが、 羅城門を挟んで対称的な位置にあった西寺は早い時期に衰退し、 現在は京都市南区唐橋の児童公園内に「史跡西寺跡」の碑があり、 付近に「西寺」の寺名のみを継いだ小寺院が残るのみです。 当初の目的は左京、更には東国の鎮護を目的としていましたが、 弘仁14年(823年)に嵯峨天皇が空海に東寺を勅使したことから 真言密教の根本道場の意味合いを持つようになりました。 兵火等で創建時の建物は失われており、現在の堂宇は奈良時代の伝統的な 伽藍配置をふまえて再建されたものです。 多数の国宝、重文を有することで知られており、ことに密教美術の宝庫として名をあげています。 ←金堂(国宝)は弘仁14年(823年)に嵯峨天皇から空海(弘法大師)に与えられたと 伝えられており、東寺が本格的に活動を始めたのは、空海がこの寺に入ってからであるとされていて、 そういった意味でも弘法大師信仰の強いお寺です。 創建時の金堂は文明18年(1486年)に焼失したようで、 現存する金堂は豊臣秀頼の発願で、慶長8年(1603年)に完成した建物といわれています。 (南大門から金堂を写す) この人の多さに、まずはびっくりです。 |
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←金堂 東寺の伽藍配置は奈良時代の寺院建築形式で、南大門・金堂・講堂・食堂(じきどう)・北大門が 一直線に並んでおり、南大門の東に五重塔、西に潅頂院があります。 宝物館では年2回、春(3月20日〜5月下旬)と秋(9月20日〜11月下旬)に ご宝物が公開されています。 本尊の「薬師如来座像」を中心に、向かって右側に「日光菩薩」、左側に「月光菩薩」の 両脇侍菩薩像が安置され、本尊の台座には「十二神将像」が配置されています。 これら薬師三尊像は、桃山時代の仏師康正の作で、密教的な薬師信仰の形をとどめています。 |
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東大寺大仏殿と同様に太い柱の足元付近に穴が空いていました。
金堂のように大きな建物を建てる時に出来る柱のズレを修正するものなんだそうです。 (大仏殿のように通り抜けできそうな大きさではなかったですね) |
元々”縁日”とは神仏が、この世と”縁”を持つ日とされており、 この日に参詣すると大きな功得があるということです。 東寺では祖師空海入寂の3月21日を期して 毎月21日に御影堂で行われる御影供のことを指しています。 当初は年に1回行われていたものが、 1239年以降は毎月行われるようになったそうです 露店は常時およそ1200〜1300店くらい。 露店が並んでいる様は、まるで、迷路のようで、 袋小路にはいったりして、なかなか思うように行くことができませんでした。 漬物などの食べもの類や骨董・古着・がらくたなどが売られていますが、 フリーマーケットなどと違う点は「みんな一般の人」ではなく 「業者さん」が出店しているところでしょうか。 でも、来ているお客さんも商売をしている人も、かなりユニークな人たちがいて、 ウオッチングしているだけでも、結構楽しめます。 ところで、弘法さんと天神さんは仲が悪く、 片方が天気なら片方は天候が悪いと、昔から、京都では言われていますよ。 |
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講堂は空海によって建てられ、承和2年(835年)に完成したとされていますが、 文明18年(1486年)に焼失し、現存する講堂は延徳3年(1491年)に創建時の 基壇の上に再建されたものです。 講堂内の壇上中央の如来部には「大日如来」を中心に五智如来、 右側の菩薩部には「金剛波羅密多菩薩」を中心に五菩薩、 左側の明王部には「不動明王」を中心に五大明王、四隅には「持国天」、 「多聞天」、「増長天」及び「広目天」の四天王、両端には「梵天」と「帝釈天」、 合計21体の仏像が安置されている。これら仏像の配置は 弘法大師の密教の理想を表す立体曼荼羅であるとされている。 ちょっと、みにくいですが、金堂の向こう側にみえる紅い建物が講堂です。
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| 五重塔(国宝)→ 金堂の東側、境内の東南隅には東寺のシンボル的存在である 「五重塔」が建っています。 JRの列車に乗っていて、車窓からこの五重塔が見えはじめると、 ”ああ、京都や”との思いがし、なんだか、ほっとしますね。 天長3年(826年)に弘法大師が創建に着手し、約50年の長年月を経過した後、 慶長年間に完成したと伝えられています。 その後、しばしば火災に遭い焼失、再建を繰り返したようで、 現存のものは徳川家光の寄進により寛永21年(1644年)に再建したもので、 五代目の塔に当たるそうです。 塔の高さは約57mで、現存する木造の古塔では日本一高いらしい。 耐震構造 東寺の塔は、地震で倒壊したという記録がないらしい。 心柱が独立していて他の構造体と接していないという構造の 耐震性に関しては、忠実に再現された模型を使った 耐震強度実験も行われていますが、 それでも、そのメカニズムは未だ明らかになっていないそうです。 このような構造を考えた人たちって、どんな人たちだったんでしょうね、 |
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| 非公開文化財の特別公開(2007年1月13日(土)〜3月18日(日) とやらで、初層内陣を公開していたので、中に入らせてもらいました。 如来像・菩薩像を拝観し、須弥檀下の心柱に緑色に彩色された蓮の絵を、 係りの人が、ライトで照らしてみせてくれました。 どうして、こんな場所にあるのかというと、 心柱が屋根をつきあげてしましそれを直すため 1692年約50センチほど切りさげたからだそうで、。 年を経ると多くの部材で積み上げられた塔身は乾燥で収縮しますが 独立した心柱は、収縮しないからだそうです。 (へえ〜そうなんだあ) |
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大師堂(御影堂)国宝 「大師堂」はかつては弘法大師の住居であったとされているところですが、 当初の建物は火災に遭い焼失、現存のものは明徳元年(1390年)に完工した 建物であるといわれています。 大師堂北側には「弘法大師座像」が祀られており、これは最古の大師像といわれ、 他の大師像の模範とされているようです。 「不動明王坐像」及び「弘法大師座像」は共に国宝に指定されています。 |
| 観智院 | ![]() |
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| 市バス「東寺東門前」「東寺南門」下車。 近鉄「東寺駅」下車、徒歩5分。 JR「京都駅」西口から南西へ徒歩15分 京都府京都市南区九条町1 拝観料は、非公開文化財の特別公開中だっため、普段は、500円ですが、今回は800円でした。 (大師堂(御影堂)は、拝観料がいらないです) |
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さて、今日の昼ごはんは、全国ネットで有名な”新福菜館”です。 |
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| 第一旭と隣同士で、相乗効果を生んでいるようで、どちらも、 午後2時を過ぎているのに、この行列でした。 特大新福そば ---- 800円 中華そば<並> ---- 600円 |
このスープの濃い色!! 麺まで濃い。 これは鶏ガラと豚骨を丁寧に煮込んだスープに、 チャーシューの煮汁を加えた自家製醤油ダレだそうで、見た目より、ずっとあっさりした味でした。 ちなみに、チャーハンも濃い色でしたよ。 一度、食べてみてください。 |
| 午前中に、魔法のレストランの取材があったらしいですよ。 | 高倉通り塩小路下がる 京都市下京区東塩小路向畑569(隣に駐車場あり) TEL:075-371-7648 |